練習は「時間」よりも「集中力」 ~「クローズアップ現代」から考えたこと②~

8/1にNHK「クローズアップ現代」で放送された『ブラック部活』の内容が以下にまとめられているので読んでみました、の続き記事です。




前回も書きましたが、『ブラック〇〇』と一括りにするのは、どこか悪者をつるし上げてネタにしているようで好きではないのですが、それだけやり玉にあがるくらい、注目されている問題だともいうことができます。前回は「暴言」について思うところを書いてみましたが、今回はよりいろいろな意見があるであろう「拘束時間」について書いてみたいと思います。


まず、番組の中で取り上げられていた吹奏楽部の7月の活動時間ですが、コンクール前であるということも考えてみると、決して吹奏楽部の世界では異常だとは思われない範囲であるように思います。ネット上での吹奏楽部関係者の方々の反響を見てみても、「あんな練習時間でブラックと言われるのはおかしい」「自分のところはもっとやっているのが普通」「あれでブラックというくらいなら、辞めてしまえばいい」など、練習時間を確保してこそコンクールで結果が得られるのが当たり前だという意見が多かったように思います。

確かに、よりよい音楽を求めて、瞬間瞬間のアンサンブルを合わせていくためには、相当の時間がかかるものです。むしろ、どれだけ時間をかけたところで「完璧な音楽」というものはないと思いますし、時間をかけて本気で追究すればしただけ、誰に対しても説得力のある、心に響く演奏をつくりだすことができるようにも思います。

これは自分自身も思うことですが、本番が終わった後で「もっといい演奏にすることができたのではないか」と思うこともあります。もちろん、その時点では精一杯の演奏だと思いますし、その演奏がまるでダメだったとは思いません。ただ、もっと時間があれば突き詰められる部分はあったと思いますし、どこかで「やりきれなかった、時間切れになってしまった」と思うことは多々あります。合奏をしていても、下校時刻が近づいてくると焦りますし、「もっとやりたいのに!」と思うことは日常茶飯事です。

そう考えてみると、特にコンクールのように細部までこだわってつくりあげていかないと結果に結びつかない本番では、時間がいくらあっても足りないという気持ちは痛いほど分かりますし、本気で結果を残したいと思ったら、いくらでも時間をかけて練習したいと思う気持ちも分からなくはありません。

自分も母がピアノを教えていたので、小さい頃から休日は朝から晩まで母はピアノを弾いていて、それくらい練習してこそ音楽を追究できると思いましたし、それくらいできなければ音楽を語る資格もないと思っていました。そんなこともあってか、高校時代はいくら練習が続いてもいいと思っていましたし、完全に唇がバテて音が出ない状況になっても練習しなければと思うくらい、練習あってこそ上達できるという意識でいました。

もちろん、そのような面はあるかもしれません。でも、プロ奏者の方の練習時間を聞いてみると、たとえ一日レッスンなどで吹く時間が長いことがあったとしても、「10時間吹き続け」という状態はさすがにないとおっしゃっていましたし、集中力が切れてしまったり、バテても無理やり吹き続けたりしたとしても練習の効率は上がらないということも伺いました。「15分吹いたら30分休む」というサイクルで練習されている方もいらっしゃいました。また、人間の集中力はもって45分という話も聞いたことがあります。


そのように考えてみると、全ての吹奏楽部がとは思いませんが、どこか吹奏楽部の練習は時間任せで、拘束時間の割には効率が悪いと感じる部分もあります。もっと指導者が必要なアドバイスを具体的に伝えることができて、生徒たちもそれを集中して取り組み自分の力に変えていくことができたら、同じレベルに達するまでの時間はもっと短くて済むように思います。また「合わせる」という時間はすごく大事である反面、個人的にエチュードをさらったり、いい音楽を生で聴いたりという時間をとることで、かえって技術も意欲も表現力も高まって、決して合奏の時間を長くとらなくても「合わせられる」力が身に付くようにも思います。


それを実感したのは、先日のコンクールの前、外部講師の方の指導を見学していた時のことです。

私も合奏中、個々やパートの練習が不十分であったり、もっと細かく合わせたい部分が出てきたときには、合奏からいったん退出してもらって、課題を解決するための練習をしてもらって、改善できたら戻ってきてもらうという方法を使うことがあります。しかし、なかなか生徒が戻ってこなくて合奏が思うように進まなくなってしまうことがあります。

その講師の方の工夫でいいなと思ったのは、さらってきて欲しいことを方法も含めて明確に伝えた上で、キッチンタイマーを使って「このアラームが鳴ったら戻ってくる」という条件を付けて、外にさらわせにいかせていたことです。生徒たちはタイマーを見ながら、自分たちで何とか時間内に合わせようと工夫して、見事に合わせてきました。限られた時間を意識させることで、効率よく合わせることができることもあるのだと思ったとき、よりよい演奏をするにはただ時間をかければいいというものでもなく、いかに一つ一つの練習に集中させて、それを乗り越えていくためにどのように練習すればよいのか、自分たちでも考えることの大切さを実感できたのではないかと思いました。

どこか機械的に感じるところもあるかもしれませんが、実際のところ、社会に出たら一定のクオリティの仕事を期限内に仕上げるということが求められるように思います。時間をかけていいものに仕上げるのは、言ってしまえば誰でもできることです。限られた時間を活用して、一定の結果を得るために何をすればいいのか、それを考えて実践できるのが優れた指導者(上司)の采配のようにも思います。


結局のところ、時間をかけて取り組むことが悪とは言えないというのが結論の一つです。しかし、ただ時間をかければいい、暴言を吐いて生徒を追い込んで結果を出せばいい、というものではないとも思います。


『クローズアップ現代』の放送後、一連の吹奏楽部関係者のツイートを見ていると、「自分たちが頑張ってきたことを否定してほしくない」という気持ちがすごく伝わってきます。その気持ちは痛いほどわかります。でも、慣習だからといって何も変えようとしなかったら、吹奏楽部が世間からもっと遠い存在になっていってしまうような気もします。やってきたことをそのまま次の世代に当てはめるのではなく、自分たちでよりよい方法を探っていけるように考えていくことこそが、自分たちのしてきたことを肯定することのようにも思います。


時間をかけて、よりよい音楽を追究できることは素敵なことです。若い頃に青春をかけて何かに打ち込めることは素晴らしいことです。

その一方で、聴いていて心地の良い音楽を奏でるには、ストイックさだけではなく、奏者自身が精神的にも肉体的にもゆとりがあることも必要なように思います。音楽は心の状態が表れるもの。それだけに、練習を詰め込むだけではなくて、いい景色を見たり、本を読んだり、素敵な音楽を聴いたりする時間も大切ですし、時には頭も心もからだも休ませてリフレッシュする時間も必要なように思います。ともすると、熱中して周りが見えなくなってしまいがちな部活動。指導者がそうやって生産性を高くしていくことも大事です。


全国の吹奏楽部の練習が、誰にとっても違和感なく、一生懸命に音楽に向き合うことができて、一人ひとりの存在を大切にしながら存在感を出していけるようなものになっていきたいものです。


自分もまだまだ力不足ですが、子どもたちが生涯にわたって音楽を楽しみ、人生の糧にできるきっかけをつくっていけるような指導をしていきたいと思います。頑張ります。



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