暴言に耐えられないのは、甘えでも弱さでもない! ~「クローズアップ現代」から考えたこと~

8/1にNHK「クローズアップ現代」で放送された『ブラック部活』の内容が以下にまとめられているので読んでみました。



一口に『ブラック○○』と括ってしまうのは、どこか悪者をつくってネタにしているようであまり好きではありませんが、実際にこのような指導がまかり通っているとしたら、きちんと考えなくてはいけないことのように思います。

「ダメことはダメ」と壁になることも大人の役割だし、子どものためを思うからこそ本気で叱ることも時には必要なことです。でも、一人ひとり感じ方は違うし、頭ごなしに怒鳴り付けたらいいわけでもないと思います。

ましてや「死ね!」という言葉は、たとえ冗談であっても言っていいはずがありません。極論かもしれませんが、もし自分が「死ね!」と言った相手が自殺したとしたらどんな気持ちになるでしょうか。逆に、自分が毎日「死ね!」と言われ続けたらどんな気持ちになるでしょうか。誰にも人の命を脅かすことはできないはずです。

「音楽は心」だと言われることがあります。私もそう思います。だからこそ、相手の気持ちを思いやったり、相手の存在を大切にしたりすること、そして自分自身を大切にすることは、音楽を奏でる上でも必要なことですし、大事にすべきことだと思います。


「怒鳴って従わせる」「脅して言うことを聞かせる」「ムチ打ってやらせる」という構造は奴隷を強制的に労働させているのと同じです。教育現場がそういう環境でいいはずがありません。「なぜそれがいけないことか」「なぜそれをすべきなのか」を語れること、その上で壁になることが大事だと思います。

コンクールで結果を残したり、上手くなったという実感を得ることができたら、自信を持つこともできるでしょう。そのために必死で何かを頑張ってみることも大事ですし、指導者としても時には壁となって成長を促していくことも必要だと思います。ただ、結果ありきで大切なものを見失ってしまったり、生徒にトラウマを残すような指導はすべきではありません。

私は全くもって指導力不足ですし、目に見える結果は残せていません。もっと力のある先生だったら、生徒の力をもっと引き出せているような気もします。そこは生徒に申し訳ない限りです。

実際に、いろいろな方から
「物を申したければコンクールで結果を残してからにしろ!」
「コンクールの結果が出せていない人の言うことに誰が耳を貸しますか?」
「そんなこと言っているから勝てないんだ!」
などと言われたこともあります。おっしゃる通りだなとも思います。

でも、生徒を罵倒して、強制的にやらせるような指導の結果として得られる結果なら要りません。時間はかかるだろうし、時として毅然と叱ることも必要だと思いますが、やっぱり音楽をやることがトラウマになるような指導、脅すことでできるようにする指導はしたくないのです。甘いと言われることもあると思いますが、どうしてもそこは譲れないところだったりもします。

それは、これまでも何となく思ってきたことでしたが、先日高校の部活の同期会があったときに、一緒に休みもなく一生懸命練習してきた仲間の一言で確信に変わりました。

「高校の部活のことは、いろいろ辛すぎて思い出したくない。ひたすら怒鳴られ続け、(指導者に)電話をしても切られ、胃に穴があいても責められ続け、今考えたら一生分怒られた気がする。会社だったら絶対パワハラだと言われると思うし、あの頃は普通に自分が悪いのかなと思っていたけれど、やっぱりおかしいと思う」

決してコンクールで優れた結果を残す部活ではありませんでしたし、全体のモチベーションもそこまで高い部活ではなかったように思いますが、それでも一緒に幹部として、毎日夜遅くまで頑張ってきた彼女でさえ、こう感じているのだと思ったとき、こんな思い出になってしまう部活ってどうなのだろうかと思ったのでした。もちろん指導をしてくださっていた先生には本当にお世話になりましたし、お陰で人間的にも音楽的にも成長できたところはたくさんあるので、個人的には感謝しているところもあります。でも今あの環境に戻って、泣きながら楽器を練習した日々をもう一度やりたいかと聞かれたら、正直やりたいとは思いません。それは、そこまで追い詰めることをしなくても、音楽を追究して、よりよいものをつくっていくことができるということを、いろいろな方の実践から学んだからです。

高校の部活の同期は23人。うち、卒業後も楽器を続けたのは5人(うち大学吹奏楽部に入ったのは0人)。今も続けているのは私だけです。人それぞれ事情はあると思いますし、何が何でも続けなくてはいけないというものではないと思いますが、せっかくあれだけ時間をかけて頑張ってきたのにもったいないなとも思ったりします。


小児科医のkamekurasanさんが、次のようなツイートをされていました。









暴言に耐えられないのは、甘えでも弱さでもありません。

暴言に耐えて、自分の心もからだもボロボロになって、それでも頑張り続けることが、果たして教育なのでしょうか。音楽なのでしょうか。それが正当化されている実態があったとしたら、それはおかしなことだと思います。

私自身、高校生の頃はただ耐えて頑張ることが当たり前だと思っていましたし、それでこそ上手くなれるのだ、耐えられないのは弱いからだとどこか思っていたところがあるような気がします。教員になってからも、生徒を言葉で煽ることで集団を統制しようとしていた時期もあったように思います。でも、これだけ情報があふれている現在、子どもたちもたくさんのことを知っています。ただ目の前の大人の言うことを信じて理不尽な指導についていくこともなくなってきている気がします。「どうしたらできるようになるのか」を分かるように伝えたり、一緒に解決策を考えたりすることで、前向きに取り組んでくれるようになることはたくさんあります。

確かに根性論は目先の目標を達成するには手っ取り早い方法かもしれませんが、長い目で見て、自分の頭で考えて判断する力を奪う結果にもつながるのではないかと危惧しています。子どもたちを育てるということは、目先の目的も大事ですが、それ以上に20年後、30年後の未来を想像していくことも必要なことです。そういう意味でも、暴言に頼るような指導は無くしていくべきだと思います。


小池一夫さんが次のようなツイートをされていました。私も同感です。



全国には、暴力的な指導をしなくても結果にも結びつけている先生方がたくさんおられます。指導者として大切なのは罵倒することでも暴力をふるうことでもなく、できるようになるための方法を教えられること、一緒に成長を喜び、さらに次の成長に向けて前向きに努力できることだと思います。

そんな実践をされている多くの先生方を見習いつつ、子どもたちが自らの意志で「やりたい」と望んで、「できるようになった」という喜びを感じながら練習を積み重ねていき、音楽の楽しさを心から感じられるような演奏を目指したい、そして音楽をする喜びを生徒たちと共に共有できる指導者の一人でありたいと思います。


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